DeepSeek の衝撃
2025年1月20日、中国の企業から新しいAIモデル「DeepSeek R1」が発表されました。
最大の衝撃は、これまでハイスペックGPUを大量に使用していた推論処理を、方法の工夫によって10分の1のコストで実現可能にしたという点です。これは、推論プロセスに「アハ体験」とも言える一瞬の時間を与えることで、精度が飛躍的に向上するという内容です。
なにより、この技術はオープンソースとして提供されており、誰でも再現・検証が可能である点も大きいです。
これまで力技で進んできた AI 開発が、「やり方」を見直すことで前進する──それを象徴する出来事でもありました。
また、インターネット上のデータを学習し尽くしたように見える大手AIモデルに対しても、「まだ先がある」ことを示したニュースでした。
しかし、私が注目したのはこのニュースそのものではなく、このニュースに対するIT従事者の反応でした。
ニュースの反応で分かれる「IT専門家」と「IT愛好家」
DeepSeekの発表から数日後、ネット上では様々な反応が見られました。
「中国の企業だから信用できない」「OpenAIを蒸留しただけ」「コスト10分の1はフェイク」「パクリだ」といった否定的な意見が多かった印象です。しかし、開発者 Ben Thompson) の FAQ ではすでに「蒸留していること」や「コストは一部工程の話で、全体のコストではない」と明言されていました (DeepSeek FAQ – Stratechery by Ben Thompson)。
本質的に重要なポイントは、推論に時間を与えることで精度向上を実現したという新しいやり方です。
これは、偶然にも名称が近い「Deep Learning」の登場時とよく似た、手法の転換を意味するものでした。
一部のIT関係者は最初こそ驚いていたものの、すぐに「パクリかどうか」「本当に安くなるのか」といった表層的な話題に目を向け、自称「ファクトチェック」に終始してしまいました。
オープンソースであるため自分で試すことができ、すでにバークレー大学の研究チームが検証・再現に成功していたにもかかわらずです (参考: コストたったの30ドル。UCバークレー大の研究チームがDeepSeekを再現)。
これらの反応は、本質に目を向ける「専門家」と、話題の周辺にのみ反応する「愛好家」とを分ける明確な境界線を示していたと言えます。
STAP 細胞事件が思い出される
このような構図は、かつての STAP 細胞事件が思い出されます。
STAP細胞は衝撃的な発表とともに登場しましたが、再現性に疑問があり、懐疑的な目で見られました。
しかし、逆に言えば、再現さえできれば非常に大きな発見だったのです。
当時、科学の専門家たちは必死に論文を読み、再現性に注目して、我先に再現を試みました。
一方で、野次馬的な傍観者たちは「嘘をついたのかどうか」ばかりに注目していました。
私は、発見者の小保方研究員は嘘をついていたわけではなく、偶発的な発見に対し、確証のある検証方法を添える前に論文の締め切りが来てしまったと考えるのが自然だと思っています。
そして、傍観者たちは批判だけして去っていきましたが、残った研究者たちはその後も再現の可能性を探り続けていました。
この時も、「研究者(専門家)」は本質である再現性に注目して挑戦し、「科学愛好家」は嘘/ホントのみを話題に上げていました。
世界が変わったことを実感できたか
DeepSeekの登場は、まるで刀の世界に銃が現れたようなものです。
これまで熟練や訓練の量がものを言っていた世界に、やり方を変えることで誰でも同じスタートラインに立てる可能性が示されました。もちろん、大手企業がこの技術をいち早く取り込み、トップであり続ける流れは変わらないでしょう。
しかし、追従者たちが一気に距離を縮めるきっかけとなったことも事実です。
DeepSeekそのものが主流になるかどうかは分かりません。しかし、この新しい推論のやり方が多くのサービスに取り入れられ、AI技術は一歩前進したのは間違いありません。
そして、このような「世界が変わった瞬間」を感じ取ることができたのは、「愛好家」ではなく、「専門家」だけであると思っています。
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